出かける前に予定を細かく決めると、だいたい最初の一時間で予定表が飾りになる。
今回はそれを避けようと思い、行きたい場所を三つだけメモして富岡へ向かった。
ところが駅に着いて五分後、目に入った路地へ曲がり、早くも予定にない散歩が始まった。
古い建物と新しい店が同じ通りに並び、歩く速さを自然にゆるめてくれる町だった。
軒先の鉢植えを見たり、案内板を読み比べたりしているだけで、距離のわりに時間が進む。
急ぐ旅ではないので、その寄り道の多さがむしろ正解に思えてきた。
富岡製糸場の赤れんがは、写真で想像していたよりも落ち着いた色をしていた。
建物の長さに驚いて端から端まで眺めていると、首だけが先に観光を終えそうになる。
繭を保管した建物や製糸の仕組みに触れると、町に絹の記憶が残っている理由が分かる。
何より面白かったのは、昔の大きな仕事場が、静かな見学場所になっていることだ。
働いていた人たちの足音を想像しながら歩くと、床の一枚まで妙に気になってくる。
見学前は建築を見るつもりだったのに、帰るころには道具の配置ばかり思い出していた。
昼は上州のおっきりこみを選んだ。
幅のある麺と野菜を一緒に煮込んだ郷土料理で、つゆが麺になじんでいて箸が止まらない。
名前だけ聞いたときは豪快な切り方の大会かと思ったが、実際はほっとする鍋料理だった。
こんにゃく、しいたけ、ねぎは、富岡の特産をまとめたこしねという呼び名でも親しまれる。
三つの頭文字をつないだ覚えやすい名前なのに、食べている途中で順番が分からなくなった。
友人に聞くと自信満々で、こは米だと言うので、二人そろって最初からやり直した。
食後は富岡名物のほるもん揚げも試した。
名前から内臓料理を想像していたが、町歩きのおやつとして気軽につまめる味わいだった。
思い込みが一つ外れるたびに、この町に少し詳しくなった気がするのも楽しい。
甘いものまで入る余地はないと思っていたのに、クレープの看板の前で足が止まった。
人は満腹でも、薄く巻かれたものを見ると別の判断基準が発動するらしい。
半分だけ食べる約束で買ったのに、最後の一口をめぐって無言の交渉が始まった。
午後は一之宮貫前神社まで足を延ばした。
全国的にも珍しく、参道を下った先に社殿があると知り、地図の読み間違いではなかったと安心した。
神社へ向かうのに下る感覚が新鮮で、帰り道の上り坂だけが現実をきっちり伝えてくる。
石段では元気に先へ進んだ友人が、途中から急に景色を褒め始めた。
休憩を景色鑑賞に見せる技術だけは、長い付き合いの中でも最高の出来だった。
こちらも息が上がっていたので、黙って同じ方向を眺めることにした。
大塩湖の近くまで回ると、町なかとは違う静けさに包まれた。
水面を見ながら歩くうち、午前中に撮った写真を見返す余裕も出てきた。
赤れんが、麺、石段、湖と、一日の中で背景が何度も入れ替わっている。
もう少し歩きたくなり、もみじ平総合公園のほうへも回ってみた。
広い場所へ出ると、それまで路地で建物を近くから見ていた目が一気に遠くへ向く。
同じ町でも、歩く場所が変わると一日の長さまで伸びたように感じる。
富岡市立美術博物館や自然史を扱う博物館もあり、雨の日の候補まで増えた。
一度の外出で全部見ようとすると、結局どれも駆け足になってしまう。
次の楽しみを残しておくのも、予定を詰めすぎない練習になりそうだ。
町へ戻ると、絹にちなんだ菓子やおかきが目に入り、また足が止まった。
見学中に覚えたことが土産の形になっていると、選ぶ理由が急に増える。
食べる前から説明したい話がたまり、渡す相手より自分のほうが楽しみにしていた。
店先の椅子で少し休み、歩いてきた道を地図に指でなぞった。
直線で進めば短いのに、実際の軌跡は路地ごとに細かく曲がっている。
寄り道の数だけ休憩中の話題が増えたので、効率の悪さも今日は立派な成果だ。
土産には、繭の形を思わせるまゆこもりという菓子を選んだ。
見た目が町の歴史につながっているので、家で袋を開けても旅の続きを思い出せる。
もう一つ、富岡産にこだわった絹製品も眺めたが、触り心地が良くて選ぶ時間が長くなった。
帰宅後、買ったものを置く場所を作ろうとして、玄関脇の棚を片づけ始めた。
すると、使わなくなった用品が奥から次々に出てきて、旅より大がかりな発掘になった。
その流れで、最近あまり乗れていないバイクのことも考えた。
持ち続けるのも一つの選択だけれど、状態が良いうちに次の人へ渡す方法もある。
まず相場だけ知りたいなら、オンラインで査定の入口を確認できるのは気が楽だ。
片づけの勢いが消えないうちに、バイク買取の流れを見てみた。
その場で決め切らなくても、情報が一つ増えるだけで考えが整理される。
富岡で予定表を手放したように、持ち物も決めつけずに見直してみるのがよさそうだ。
まずは棚の発掘品を分け、玄関を普通に通れる状態へ戻すところから始めたい。